鎮守の森に龍が棲む

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龍山のひとりごと Talk to oneself

ありがとうって言うんだった


画人 加藤 龍山

「サラリーマンは、30年でいいよね、残りは好きなことをするよ」と宣言したら、妻は「いいんじゃない、好きなことをすれば」と言ったんです。
背中を押された分「よし!やってやるか」と心を決めました。。
サラリーマンを30年でいいと思うようになったのは、平成三年四月、母が亡くなる二か月前に「勝治を美術大学に出しておけば良かったかなあ」の一言からでした。 私はその時、小学六年の頃のことを思い出しました。
母は病弱の上、幼い長男と妹を亡くしていたために、死を恐れていたので、お寺を嫌っていたのかも知れません。だから、本当はお寺の中で、絵は描きたくなかったのです。でも、辺りは段々薄暗くなり、他を捜す時間がありませんでした。
友達は、直ぐに、本堂を正面から描き始めました。私も急いで描く場所を捜しました。
鐘撞堂に登って赤城山方面を見た時「ここなら、かあちゃんにわかんねえや!」と思い少しほっとしました。夕日に染まった家並みを一軒、一軒、丁寧に描きました。 もう、恐いことなどすっかり忘れていました。
秋晴れのやわらかい日差しを背に受けながら、私は縁側でその絵を仕上げていました。其処へ、偶々来た従兄弟が見てて「これは、全昌寺の鐘撞堂から描いた絵だ」 と言いました。
私は「やばい!」と思いました。母はそのことを耳にはさむと「縁起でもないねえ」と言いました。
三学期も終わりの頃、父兄会から帰ってきた母は、目を細めて「勝治が、県の教育長賞を取ったんだって、それで、先生がね、この子は美術大学に出せば、きっと名のある画家に成るから、 進路を真剣に考えてあげてくださいと、おっしゃったよ」と家族に話しました。
年明け早々、その縁起でもない絵が、賞を取って還って来たのでした。
賞状は前回取った特選と入れ替わりました。絵の方は、母が「大きくて額に入らないね」と言いました。
数日後、私はその絵を家族に黙って居間の片隅に貼りました。それが一か月も経たないうちに無くなっていたのです。
咄嗟に「これは、かあちゃんの仕業だ。」と思いました。
私はその時、母に随分悪態をつき、母を困らせました。母は黙って目をそらしました。そんな母の姿を見て「俺が母の嫌がることをしてしまったんだ」と少し反省しました。
母がその絵をどうしたのか、本当の事は判りません。
そんなことがあった数日後、父が図画の事典を買ってきてくれました。その頃には、無くなった絵のことなど、忘れていました。
私が会社を辞める決心をしたのは、平成十二年二月一日、四十九の年のことです。そして、その三日後、母の夢を見ました。
「おふくろ俺会社やめるよ、やめて大丈夫かと心配そうに言ったおふくろに、俺画家になるからね、だから安心しただろう。」と私は夢の中で母に向かって叫んでいました。
目が覚めた時、母が「お前の道だから好きにすればいいよ。」と言った気がして、心の霧がスーッと晴れてきた、と日記に書いてありました。
私は知りませんでした。母が先生の言葉を亡くなる寸前まで、ずーっと気にかけてくれていたことを。私は言うんだった。母が「勝治を美術大学に出しておけば良かったかなあ。」と 言ったあの時「おふくろは俺をずっとかってくれていたんだね、ありがとう」って。
青木先生、私は一生忘れません。謝恩会の前日、教壇で、黒い花びらを歌った時「上手ね。」と言って褒めてくれたことを。中学に行っても「絵の腕をふるいなさい。」 と言って励ましてくれたことを。今もずーっと私の心を温めてくれています。
平成十二年の秋、小さな画室を建て、翌年の三月に私は、五十歳で退職しました。
それからは、あっという間の十年でした。今は「旧年寒苦の梅 雨を得て一時に開く」との思いで無心に描いています。
昼夜絵のことが頭から離れず、夢の中でも描いています。
そんな暗中模索が続く中で、ただ一つ思うことは、この仕事は六十歳からでは遅すぎた。だから、妻には一番感謝しています。
還暦を迎えた今、第二の人生はまだまだこれからだと思っています。そして、いつかは人の為になる絵が描けるまで、先生とおふくろが笑ってくれるまで、最善を尽くしたいと思っています。
--------夕方のひととき、庭の一番奥のススキが生い茂った暗闇に佇んで、耳を澄ますと、虫の音の中から、懐かしい母の声が聞こえてくるようでした。 「この子はね!、小学校も中学校もノートと鉛筆は買ってあげたことがないよ!」ってね。−−−−−−−−
「おふくろ、お父さんが買ってくれた図画の事典は、もうボロボロだよ。五十年も使っているからね。それと、俺、お寺の龍描いているよ。おふくろごめんな。」
---------------------------------平成二十二年十月五日

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